お茶零した。

作家・尼野ゆたかの日記です

陰陽座の名古屋公演に行ってきた

 

 

9月の頭に大阪公演があったのですが、そちらは参加できず名古屋公演に参加したのでした。あれこれ考えていたらやたら書くのに暇がかかってしまった……!

 

 

参戦は久しぶり

場所はダイアモンドホール。約1000人のキャパがありますがソールドアウトしてました。この規模のライブを観るのも久しぶりだなあ……。
もう十年以上ぶりくらいの陰陽座のライブ。陰陽座ファンは雷舞と表記しますが、あの頃はそういうのもなかったような。

 

メタルに限らず、音楽の演奏というものは技術やらセンスやらのみならずエネルギーを多分に必要とするものであり、キャリアを重ねた大御所は時に覇気を欠く演奏を繰り広げてしまうものです。

しかし、陰陽座にはそんな心配は要りません。47都道府県ツアー、アルバム二枚同時発売など凄まじい熱意と活動量を誇ってきた彼らが、そんな老醜めいた無様を晒すはずがないのです。

結論から言うと、そんな尼野ゆたかの予想は裏切られました。より凄い方に。

無様を晒さない、などという消極的な評価は当てはまりませんでした。生き様を見せつける、凄まじい演奏だったのです。

 

 

楽曲は命

代表曲を繰り返し演奏するのではなく、あくまで新譜を中心にセットリストを組み立てる姿勢。鬼気迫る演奏と、ほのぼのとしたMCとのギャップ。陰陽座ならではの要素はそのままに、圧倒的にパワーアップがなされてました。音を媒介として生命力が流れ込んでくるような感覚。やはりメタルのライブはこうでないと。

 

 

新譜からの曲を思い返すに、"覇邪の封印(はじゃのふういん)"や"以津真天(いつまで)"、厳ついヤツとMCで言及のあった"隷(しもべ)"のような速い曲は勿論、ミドルテンポで雰囲気を醸造する妖怪ヘヴィメタルバンドの面目躍如たる"一本蹈鞴(いっぽんだたら)"や曲展開"鉄鼠の黶(てっそのあざ)"のようなスピードに頼らない曲もしっかりライブ映えしていて、楽曲の充実に唸らされることしきりです。音楽としての足腰の強さが違う。

 

しかし、いえ決して懐古に浸るわけではないのですが、でもやっぱり往年の名曲が演奏されると格別の感慨が湧き起こるのを押さえられず。

"鬼斬忍法帖"、"悪路王"、"夢幻"からの"邪魅の抱擁"、"卍"、"羅刹"……どの曲も幾度となく演奏しているはずですが、一切手抜きの感じられない激しさであり、瞬時に若きメタル小僧に戻ってしまいました。"式を打つ者"のイントロが響いた瞬間には万感胸に迫るものが。ああ、色々あったなあ……。

 

 

 

 

演奏は肉体

演奏に風格と言えるようなものが宿っているのにも圧倒されましたね。

招鬼(まねき)と狩姦(かるかん)ギター二人は各々の個性をより明確に、瞬火はボーカルとしてもベースとしてもより表現の幅を押し広げ。踏んできた場数はルーチンワークではなく、彼らの言葉を借りるなら一つ一つが観客との「魂の綱引き」であり、そして「その魂を喰らう」ことでミュージシャンとしての五体を鍛え上げていったのだなと。

わが身を振り返って、それほどの成長があったかしばし考え込んでしまうほど。まったく及ばぬ……。

 

どでかい和太鼓が視覚的にも演奏効果的にも大活躍、同時に重金属の剛性を軸にもたらしていた土橋誠、激しいギターの応酬にも埋もれず楽曲を彩り、キーボードも人が弾いた方が断然良いと再確認させてくれた阿部雅宏のサポート二人も凄かったなー。決して前に出すぎないんですけど、しっかり演奏者としての自己を音に刻印している感じ。プロフェッショナルだなあ。わが身を振り返って(以下略

 

歌は魂

そして、やはり陰陽座を語るにあたって外してはならないのがメインボーカル・黒猫でしょう。

最もコンディションを保つのが難しいパートであるのに、未だ衰えるどころか凄味を増しているという。揺れ幅が大きく力強いビブラートが、そのままこちらの心を鷲掴みにして揺さぶるかのよう。

 

でも未だにMCパートでの可愛らしさは健在という。この落差がまた彼女の魅力なんですよね。

「魂を抱きしめるボーカル」というキャッチフレーズと共に、彼女の名はヘヴィメタル史に燦然と輝き続けることでしょう。

 

来年は記念

MCでも触れられていた通り、来年は陰陽座デビュー20周年。一つの節目ですし、ライブでは最近あまり演奏されないらしいあの曲やこの曲が聴けるかもと期待してもばちは当たりますまい。元気満点で観にいけるよう、健やかに生きようと思う次第です。

BGM: 桜花の理 / 陰陽座