お茶零した。

作家・尼野ゆたかの日記です

人類の領域はどこまで広がる事が許されているのでしょうか

 ここ数日の日記を読むと、なんというかやんわりタガが緩んだ文章になっておりました。

あまりに明らかな悪文や衍字*1は修正しましたが、本質的にふわっと部分までは直せません。これをどうにかするには一からの見直しが必要でしょう。しかしわざわざすべてリテイクするのもおかしな話だしなあ……。

 

「スペースカウボーイ」たちのマニフェストディスティニー

有人宇宙飛行の前倒し断念 NASAの新型ロケット : 京都新聞

チラ見したテレビで宇宙開発を肯定的に扱っていて、この話を思い出しました。

 

 費用や技術的な問題を評価し、難しいと判断した。

 

トランプ大統領就任後の2月に従来計画の前倒しを検討すると発表し、トランプ氏の実績アピールとの見方もあったが、果たせなくなった

 

ということだそうですが、何でもかんでも「ビジネス」の旗印の下、費用対効果が短期的に悪いものは全部クビみたいなノリかと思っていたので、ちょっと不思議だなみたいに思います。

 

なんせ、宇宙開発が進んだところで支持層の単純労働者たちに何かが派手にしたたり落ちるとも考えられませんし、いやそういう話じゃなくて長期的に見たらプラスになるから必要なんだよみたいな話だったら、再生可能エネルギーへの投資でいいわけですし。むしろこっちの方がのちのち雇用を産むという統計もあるはず。

 

それなのになんで宇宙なんだろう? と考えると、やっぱり自然を有効に使うみたいなコツコツしたものより、ど派手に何かを開拓するみたいなのが燃えるんかなあと。フロンティアスピリット最高! みたいなのが脈々と流れているのでしょう。それは理屈じゃないやろ、という感じですが、まあそんなものでしょ。

 

ほしのこえ」が聞こえていると信じる癒し

考えてみれば、日本でも宇宙開発には夢を見ているように思います。伝統芸能だろうと伝統工芸だろうと博物館だろうと公園だろうと目に見える収益性が要求されるご時世ですが、その割に宇宙産業についてはかなり大らかで、失敗してもどんまい次行こうってノリが支配的ですし。

一応は応用しての使い方も提示されてはいますし、ロケットについては「他にも目的がある」なんてまことしやかな説もありますが、なんにせよ一番根本的なモチベーションとしてはアメリカと似たような部分が大きいのでしょう。すなわち、鎮痛剤としての希望ですね。

だってほら、低成長を受け入れて細く長く生き延びるようにしよう、と言われても現実問題無理な人が多いでしょう。

夢が見たいわけですよ。人はパンだけで生きとぉるわけやないですからね。叶う叶わないは別として、自分たちは凄い、我々には未来があると思わせてくれる何かは常にないと辛すぎるのかも。

はやぶさの消費のされ方はビジネスツールへのそれではなく、もっと情動的でパッションに溢れたものでした。一つの証拠になり得るように思えます。

BGM:Shadowfear / Vader

 

*1:脱字の逆ですね

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